「ルカの福音書」 連続講解説教

王様の乗り物

ルカの福音書講解(91)第19章28節〜40節
岩本遠億牧師
2013年8月18日

19:28 これらのことを話して後、イエスは、さらに進んで、エルサレムへと上って行かれた。19:29 オリーブという山のふもとのベテパゲとベタニヤに近づかれたとき、イエスはふたりの弟子を使いに出して、19:30 言われた。「向こうの村に行きなさい。そこにはいると、まだだれも乗ったことのない、ろばの子がつないであるのに気がつくでしょう。それをほどいて連れて来なさい。19:31 もし、『なぜ、ほどくのか。』と尋ねる人があったら、こう言いなさい。『主がお入用なのです。』」19:32 使いに出されたふたりが行って見ると、イエスが話されたとおりであった。19:33 彼らがろばの子をほどいていると、その持ち主が、「なぜ、このろばの子をほどくのか。」と彼らに言った。19:34 弟子たちは、「主がお入用なのです。」と言った。19:35 そしてふたりは、それをイエスのもとに連れて来た。そして、そのろばの子の上に自分たちの上着を敷いて、イエスをお乗せした。19:36 イエスが進んで行かれると、人々は道に自分たちの上着を敷いた。19:37 イエスがすでにオリーブ山のふもとに近づかれたとき、弟子たちの群れはみな、自分たちの見たすべての力あるわざのことで、喜んで大声に神を賛美し始め、19:38 こう言った。「祝福あれ。主の御名によって来られる王に。天には平和。栄光は、いと高き所に。」19:39 するとパリサイ人のうちのある者たちが、群衆の中から、イエスに向かって、「先生。お弟子たちをしかってください。」と言った。19:40 イエスは答えて言われた。「わたしは、あなたがたに言います。もしこの人たちが黙れば、石が叫びます。」

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私たちは「王」という言葉によって、どのような人をイメージするでしょうか。近代国家において王を戴く国は、ほとんど立憲君主制を取っていますから、古代の世界においては当たり前だった絶対王政において、王がどのような存在であったかを実際的に、あるいは経験的に知ることはかなり難しくなってきています。王とは敵との戦いに勝利し、剣をもって支配するものでありました。絶対的な軍事力によって、自分の思い通りにことを行なうことができる者です。自分の前に全ての人をひれ伏させ、自分に反対する者、意に添わない者を処刑する権力を持った者が王でした。勿論、王権は人々とのバランスの上に立てられるものでしたから、好き勝手なことをやり、暴政を敷いたら、王国は転覆され、殺されることにもなりますから、一定の自制が求められたということは言うまでもありません。しかし、「王」とは高みを極めたものです。自ら最も高いものとして自らを掲げ、全ての人を見下げることができたのが王です。

イエス様は、イスラエルの王、全人類の王として神の都エルサレムにご入城なさいましたが、そこでイエス様がお示しになった真の王のお姿は、人々が一般に考えていた王の姿とはかけ離れたものでありました。

王は、戦いに赴く時、馬や馬に引かせた戦車に乗りました。馬は戦いと力の象徴です。しかし、詩篇147篇には「神は馬の力を喜ばず」という言葉があり、軍事力を頼みとする人の力を神様は打ち砕かれると宣言しておられます。

そして、預言者ゼカリヤは、真の王がエルサレムに入る時、ロバの子に乗って入城すると神様の言葉を伝えています。

9:9 シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜わり、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに。

ロバは荷物運びなどの雑役や人を乗せたりするのに用いられますが、戦いには用いられない動物です。まさに平和を造る王として馬ではなく、ロバの子に乗る。イエス様は、このことによって真の王とは何かということを行動で示しておられるのです。しかも、このロバの子がベタニヤという村から連れられてきたということに、イエス様のお心を知る鍵があります。

恵泉女学園大学の教授で荒井英子という方がいます。2010年に癌のためお亡くなりになりましたが、ハンセン病患者の方々の社会復帰と支援のために生涯を捧げ、聖書学者としても聖書の中にあるハンセン病に関わる記述について論文を残しておられます。その中に、ベタニヤは、エルサレムを中心とする地域のためのハンセン病患者隔離地帯であったということを論じたものがあります。

ベタニヤとは、「惨めさの家」という意味で、それはそこがハンセン病に係った人々の隔離地帯であったことと関係があるかもしれません。このベタニヤにはマルタ、マリアの家があり、ハンセン病だったシモンの家がありました。また、死んだラザロをイエス様が甦らせたのもベタニヤでした。イエス様は、ハンセン病患者の隔離地帯であったベタニヤをしばしば訪れ、そこに住んでいた人々を愛し、その地を愛されたのです。エルサレムに入城なさった後も、夜になるとベタニヤに帰り、そこで世の人々からは隔離され、差別されていた人々との交わりの中に、休息と平和を楽しんでおられた。それがベタニヤです。

ベタニヤはエルサレムを見渡すことができるオリーブ山の麓にある村で、エルサレムまで3キロほどのところにあります。ここに書かれているベテパゲについては、ベタニヤに隣接していただろうと言われていますが、詳しいことは分かっていません。イエス様はベタニヤに近づかれた時、二人の弟子たちを遣わして言われました。

「向こうの村に行きなさい。そこにはいると、まだだれも乗ったことのない、ろばの子がつないであるのに気がつくでしょう。それをほどいて連れて来なさい。

イエス様は、ご自分がエルサレムに王としてご入城なさる時、人々から最も低められ、卑しめられていたベタニヤ、しかし、イエス様ご自身が最も愛されたベタニヤから、まだ人を乗せたことのない、小さなロバの子を選び、これにお乗りになったのです。最も低められた人たちの最も親しい友、それがイスラエルの王だ、全人類の王だということを表すためです。

しかし、皆さん、皆さんはイエス様がロバの子に乗られるお姿をどのように創造なさるでしょうか。ロバは大人のロバでも方の高さは96cm位だということです。まだ、人を乗せたことがないと一目で分かるような小ロバです。どの位の大きさだったと思いますか。イエス様が股がったら、両足が地面についてしまう位の大きさだったに違いありません。聖書学者の中には、イエス様はこの小ロバに股がったまま、股を開いてご自分で歩いたのではないかと考える人もいます。何れにせよ、ロバの子に乗ると、人々よりも低くなる。馬に乗って人を見下ろすのとは正反対なのです。

ゼカリヤは平和の王のエルサレム入城を「ロバの子に乗って」と預言しましたが、イエス様はそれをこのように実現なさったのです。低められた真の王のお姿がここにあります。

いよいよ、エルサレムが目の前に迫って来ると、イエス様と一緒にエルサレムに向かっていた人々は、自分の上着を道に敷きました。旧約聖書にも、エフーという男が自らイスラエルの王となった時、人々が自分の上着を道に敷いたという記事があります。王を迎える風習だったのです。

19:37 イエスがすでにオリーブ山のふもとに近づかれたとき、弟子たちの群れはみな、自分たちの見たすべての力あるわざのことで、喜んで大声に神を賛美し始め、19:38 こう言った。「祝福あれ。主の御名によって来られる王に。天には平和。栄光は、いと高き所に。」

弟子たちは、イエス様がなさり、自分たちが見た全ての力ある業を語ったと言います。しかし、これも一般に王が都に凱旋する時に、共の者たちがする戦勝報告とは全く違ったものです。「王は、○○で敵を何万人撃ち殺した。」「王は、××の戦いで敵の城を陥落させた。」そのようなものではありませんでした。

弟子たちが語ったことは、神様の御業だったのです。イエス様が多くの人々を癒されたこと。悪霊に苦しめられている人々から悪霊を追い出し、お救いになったこと。5千人、4千人の人々に食べ物をお与えになったこと。目の見えない者の目を開き、歩けなかった者を歩かせ、耳の聞こえなかった者の耳を開かれた。礼拝から排除されていた者たちが礼拝者としての実存を回復した。これが弟子たちの王を迎える叫び、告白だったのです。

どう考えても、軍事的な意味での王を迎えるパレードではありませんでした。この時、エルサレムにはローマ総督のピラトがいましたから、エルサレムはローマ兵によって厳重に監視されていたはずです。もし、イエス様のエルサレム入城によってエルサレム中が王を迎えたということでひっくり返るような騒ぎになっていたのなら、ローマの駐留軍が介入したはずです。この数十年後、伝道者パウロがエルサレムに来た時、大騒動が起こり、ローマ軍が介入したという記録をルカは残しています。同じルカが書いたこの福音書にそのようなことが記録されていないということは、ローマ軍が鎮圧しなければならないと考えるような王のエルサレム入城ではなかったということです。

軍事的な意味においては取るに足りないものでした。しかし、それが真の王、イエス・キリストのエルサレム入城であったと聖書は語るのです。しかし、イエス様は、ご自分が戦うべき真の相手を見据えておられました。イエス様の敵はローマではありませんでした。イエス様の敵は、悪魔でありました。悪魔と戦って勝つ。このために必要なものは、馬でも剣でもありません。

謙遜であること。最も低められること。最も卑しめられてもなお、父なる神様に自分の全てを委ね、決して自分の正しさを主張しないこと。自分の正しさによって相手と戦ったり、相手に言い返さないこと。これがイエス様の武器だったのです。

何故か、それは、悪魔は私たち人間に自分の正しさを主張するように誘惑するからです。私たち人間が、自分は正しいと主張することを、悪魔は大喜びするのです。自分が正しいと主張するとき、人と人の関係は壊れ、神様との関係が壊れるからです。そして、人は、自分の正しさを固持し、相手を倒すために、武器を手に入れ、相手よりも強く、相手よりも高くなるために、より強力な武器を作り上げてきたのです。これによって人は滅びるのです。

しかし、神様は人を救うために、人を高慢に引きずり込む悪魔を打ち砕く戦いを行われたのです。神様の最終手段、その決定打は何であったか。それは、神様ご自身が人となり、丸腰でこの世の権力者の前に立ち、しかも、ご自分の正しさを何一つ主張せず、ただ、卑しめられ、痛めつけられ、十字架にかけられて死ぬことだったのです。これがイエス様の戦いでした。何と雄々しい戦いでしょうか。

私たちはどうでしょうか。私たちは自分が悪くても弁解するのではないでしょうか。仮に自分が悪くなかった場合、「私は悪くない」と言うのではないでしょうか。あるいは、自分の命を奪う力のある者の前では、自分が悪くても悪くなくても、許してくださいと言ってしまうのではないでしょうか。悪魔は、このようにして私たちを陥れようとするのです。自分の正しさを主張させるか、あるいは、悪魔の前にひれ伏させるか。

しかし、イエス様は、これらの悪魔の誘惑と策略を全て打ち砕くために、エルサレムにお入りになったのです。悪魔の全ての策略を知り尽くした方が取られた最後の方法、それが徹底した謙卑、十字架だったのです。

人類史上、イエス様以外に誰も、この道を歩くことができた者はいません。この方こそ、真の王なのです。この方だけが真の王なのです。そして、この方が、当時もその後も、つい最近まで最も低められ、卑しめられてきたハンセン病の患者の方々を隔離するための村であったベタニヤを最も愛されたこと、その中の最も小さいロバの子をお用いになったことを忘れてはなりません。

私たちの王の力は、どこに現れたのでしょうか。謙卑においてであります。私たちの王は何によって悪魔を打ち倒されたのでしょうか。謙卑においてであります。復活なさったイエス様が私たちと共におられます。私たちも低められることを恐れてはなりません。主が私たちを握っておられます。

祈りましょう。

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