「ルカの福音書」 連続講解説教

ルカの福音書講解(22)尽き果てた望みを完成する愛

ルカの福音書第8章40節~56節
岩本遠億牧師
2012年7月22日

8:40 さて、イエスが帰られると、群衆は喜んで迎えた。みなイエスを待ちわびていたからである。

8:41 するとそこに、ヤイロという人が来た。この人は会堂管理者であった。彼はイエスの足もとにひれ伏して自分の家に来ていただきたいと願った。

8:42 彼には十二歳ぐらいのひとり娘がいて、死にかけていたのである。イエスがお出かけになると、群衆がみもとに押し迫って来た。

8:43 ときに、十二年の間長血をわずらった女がいた。だれにも直してもらえなかったこの女は、

8:44 イエスのうしろに近寄って、イエスの着物のふさにさわった。すると、たちどころに出血が止まった。

8:45 イエスは、「わたしにさわったのは、だれですか。」と言われた。みな自分ではないと言ったので、ペテロは、「先生。この大ぜいの人が、ひしめき合って押しているのです。」と言った。

8:46 しかし、イエスは、「だれかが、わたしにさわったのです。わたしから力が出て行くのを感じたのだから。」と言われた。

8:47 女は、隠しきれないと知って、震えながら進み出て、御前にひれ伏し、すべての民の前で、イエスにさわったわけと、たちどころにいやされた次第とを話した。

8:48 そこで、イエスは彼女に言われた。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して行きなさい。」

8:49 イエスがまだ話しておられるときに、会堂管理者の家から人が来て言った。「あなたのお嬢さんはなくなりました。もう、先生を煩わすことはありません。」

8:50 これを聞いて、イエスは答えられた。「恐れないで、ただ信じなさい。そうすれば、娘は直ります。」

8:51 イエスは家にはいられたが、ペテロとヨハネとヤコブ、それに子どもの父と母のほかは、だれもいっしょにはいることをお許しにならなかった。

8:52 人々はみな、娘のために泣き悲しんでいた。しかし、イエスは言われた。「泣かなくてもよい。死んだのではない。眠っているのです。」

8:53 人々は、娘が死んだことを知っていたので、イエスをあざ笑っていた。

8:54 しかしイエスは、娘の手を取って、叫んで言われた。「子どもよ。起きなさい。」

8:55 すると、娘の霊が戻って、娘はただちに起き上がった。それでイエスは、娘に食事をさせるように言いつけられた。

8:56 両親がひどく驚いていると、イエスは、この出来事をだれにも話さないように命じられた。

マタイの福音書17:20
まことに、あなたがたに告げます。もし、からし種ほどの信仰があったら、この山に、『ここからあそこに移れ。』と言えば移るのです。

ヨハネの手紙第一
4:18 愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。

へブル人への手紙12章2節
信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

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