「ルカの福音書」 連続講解説教

最大の預言者を育てた男

ルカの福音書第1章67節〜80節
岩本遠億牧師
2021年10月31日

“さて、父親のザカリヤは聖霊に満たされて預言した。
「ほむべきかな、イスラエルの神、主。主はその御民を顧みて、贖いをなし、救いの角を私たちのために、しもべダビデの家に立てられた。古くから、その聖なる預言者たちの口を通して語られたとおりに。この救いは、私たちの敵からの、私たちを憎むすべての者の手からの救いである。主は私たちの父祖たちにあわれみを施し、ご自分の聖なる契約を覚えておられた。私たちの父アブラハムに誓われた誓いを。主は私たちを敵の手から救い出し、恐れなく主に仕えるようにしてくださる。私たちのすべての日々において、主の御前で、敬虔に、正しく。幼子よ、あなたこそいと高き方の預言者と呼ばれる。主の御前を先立って行き、その道を備え、罪の赦しによる救いについて、神の民に、知識を与えるからである。これは私たちの神の深いあわれみによる。そのあわれみにより、曙の光が、いと高き所から私たちに訪れ、暗闇と死の陰に住んでいた者たちを照らし、私たちの足を平和の道に導く。」
幼子は成長し、その霊は強くなり、イスラエルの民の前に公に現れる日まで荒にいた。” ルカの福音書 1章67~80節
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御使ガブリエルからザカリヤに伝えられた神の言葉

「その子は主の御前に大いなる者となるからです。彼はぶどう酒や強い酒を決して飲まず、まだ母の胎にいるときから聖霊に満たされ、イスラエルの子らの多くを、彼らの神である主に立ち返らせます。彼はエリヤの霊と力で、主に先立って歩みます。父たちの心を子どもたちに向けさせ、不従順な者たちを義人の思いに立ち返らせて、主のために、整えられた民を用意します。」

メシア到来の道備えをする、最大の預言者となる。

洗礼者ヨハネは、祭司とはならなかった。結婚もせず、子も残さなかった。祭司の家系を継がせるというザカリヤとエリサベツの望みは絶たれた。

ザカリヤは10カ月間、耳も聞こえず、話すこともできなかた。これは御使ガブリエルの言葉を信じなかった罰か?

否!
人の声が聞こえない→神の声だけを聴く時
ガブリエルの言葉の意味を深く理解する時

人に話すことができない→神と語り合う時
人生の苦難の時=神との特別な関係の窓が開く時
ザカリヤが預言者として用いられる備えの時

ザカリヤは耳が聞こえず、話すことができない10カ月間、何をしていたのか?ずっと罪の悔い改めの祈りをしていた?→NO!

彼は、御使ガブリエルの言葉を旧約聖書と照らし合わせ、その意味を理解した。
     ↓
それが預言の言葉となった。

祭司はサドカイ派
→律法(モーセ五書:創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)だけを正典とする。
=預言者エリヤに関する記事や預言は、正典としていなかった。

当時、預言者の書や諸書(歴史書や文学)はパリサイ派が運営するユダヤ会堂に置かれ、そこが学問の場となっていた。サドカイ派はユダヤ会堂には出入りしていなかった。

ザカリヤは、祭司(サドカイ派)としての立場やこれまでの慣習に捉われず(それを捨てて)ユダヤ会堂に行き、預言者の書や歴史書を読む許しを得て、必死で学んだ。

そこで得た答え=救いとは何かについての深い理解

一般的な理解
イスラエルは神の選民=アブラハムの子孫
=アブラハムの祝福を受け継いでいる
・イスラエルの救いは外国の支配からの救い
・罪からの救いという概念はない

私たちの敵(=私たちを憎む全ての者)からの救い
=罪の赦しによる救い

救い=原語の意味は「解放」

私たちの敵=私たちを罪の牢獄に閉じ込める者=悪魔とその手下

私たちを罪の牢獄に閉じ込める悪魔から解放するのがメシア(=キリスト)

救いの理解の大きな転換
ザカリヤは、息子ヨハネをその道備えをする働きをする者として育て上げる。

ザカリヤは、息子ヨハネに預言者エリヤについて何度も話して聞かせた。

南北王朝時代、北イスラエルがアハブ王と王妃イゼベルが主導するセックス宗教(バアル・アシュタロテ崇拝)によって堕落し、国が乱れていた時に、ただ一人でアハブとに対峙。アハブとイゼベルがイスラエルに犯させた罪のため、3年間の干魃が訪れると預言。

バアルの神官たちとの戦い(天からの火を呼び下す)に勝利。バアルの神官たちを粛清。

後継者預言者エリシャを立て、天に帰る。
エリシャの指導のもと、北イスラエルは外的からも守られ、平穏を取り戻す。

ゼカリヤはヨハネに語って聞かせた。

お前は、預言者エリヤの霊統を嗣ぐ者である。

お前は荒野に住む。
ラクダの毛衣を着て、皮の帯をする=禁欲生活
世の最高権力者に向かって罪を糾弾する。
お前の後に、メシアが現れ、イスラエルを救う。

預言者マラキの預言も語って聞かせる。

「見よ。わたしは、主の大いなる恐るべき日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、この地を聖絶の物として打ち滅ぼすことのないようにするためである。」 マラキ書 4章5~6節

ヨハネの理解は、イエス・キリストの十字架の血の力に及ぶことはなかった。しかし、全ての人が罪からの救い、悪魔からの救いを必要としていることを明らかにし、当時の地中海世界に一大宗教運動を引き起こした。
           ↓
イエス・キリストの十字架の血による贖いの道備え

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