「マタイの福音書」連続講解説教

沈まない舟

マルコの福音書第4章35節~41節
岩本遠億牧師
2016年11月13日

「私たちのうち、誰一人として、自分のために生きている者はなく、誰一人として、自分のために死ぬ者もありません。もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。」ローマ14:7−8

4:35 さて、その日のこと、夕方になって、イエスは弟子たちに、「さあ、向こう岸へ渡ろう。」と言われた。

4:36 そこで弟子たちは、群衆をあとに残し、舟に乗っておられるままで、イエスをお連れした。他の舟もイエスについて行った。

4:37 すると、激しい突風が起こり、舟は波をかぶって水でいっぱいになった。

4:38 ところがイエスだけは、とものほうで、枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして言った。「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」

4:39 イエスは起き上がって、風をしかりつけ、湖に「黙れ、静まれ。」と言われた。すると風はやみ、大なぎになった。

4:40 イエスは彼らに言われた。「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのは、どうしたことです。」

4:41 彼らは大きな恐怖に包まれて、互いに言った、「風や湖までが言うことをきくとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。」

「二羽の雀は1アサリオン(最小単位の銅貨)で売っているでしょう。しかし、そんな雀の一羽でも、あなたがたの父のお許しがなしには地に落ちることはありません。また、あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。だから、恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりもすぐれたものです。」マタイ10:29−30

注)音声メッセージで「浦上」(うらかみ)と言うべきところを「むらかみ」と言い間違えている、あるいはそう聞こえるところがあります。紛らわしくて申し訳ありませんが、「うらかみ」です。ご注意ください。

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