「マタイの福音書」連続講解説教

神はあなたを諦めない

"マタイの福音書第13章1〜23節
岩本遠億牧師
2020年7月26日

その日、イエスは家を出て、湖のほとりに座っておられた。すると大勢の群衆がみもとに集まって来たので、イエスは舟に乗って腰を下ろされた。群衆はみな岸辺に立っていた。イエスは彼らに、多くのことをたとえで語られた。「見よ。種を蒔く人が種蒔きに出かけた。蒔いていると、種がいくつか道端に落ちた。すると鳥が来て食べてしまった。また、別の種は土の薄い岩地に落ちた。土が深くなかったので、すぐに芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。また、別の種は茨の間に落ちたが、茨が伸びてふさいでしまった。また、別の種は良い地に落ちて実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍になった。耳のある者は聞きなさい。」

すると、弟子たちが近寄って来て、イエスに「なぜ、彼らにたとえでお話しになるのですか」と言った。イエスは答えられた。「あなたがたには天の御国の奥義を知ることが許されていますが、あの人たちには許されていません。持っている人は与えられてもっと豊かになり、持っていない人は持っているものまで取り上げられるのです。わたしが彼らにたとえで話すのは、彼らが見てはいるが見ず、聞いてはいるが聞かず、悟ることもしないからです。こうしてイザヤの告げた預言が、彼らにおいて実現したのです。

『あなたがたは聞くには聞くが、決して悟ることはない。見るには見るが、決して知ることはない。この民の心は鈍くなり、耳は遠くなり、目は閉じているからである。彼らがその目で見ることも、耳で聞くことも、心で悟ることも、立ち返ることもないように。そして、わたしが癒やすこともないように。』

しかし、あなたがたの目は見ているから幸いです。また、あなたがたの耳は聞いているから幸いです。まことに、あなたがたに言います。多くの預言者や義人たちが、あなたがたが見ているものを見たいと切に願ったのに、見られず、あなたがたが聞いていることを聞きたいと切に願ったのに、聞けませんでした。

ですから、種を蒔く人のたとえを聞きなさい。だれでも御国のことばを聞いて悟らないと、悪い者が来て、その人の心に蒔かれたものを奪います。道端に蒔かれたものとは、このような人のことです。また岩地に蒔かれたものとは、みことばを聞くと、すぐに喜んで受け入れる人のことです。しかし自分の中に根がなく、しばらく続くだけで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。茨の中に蒔かれたものとは、みことばを聞くが、この世の思い煩いと富の誘惑がみことばをふさぐため、実を結ばない人のことです。良い地に蒔かれたものとは、みことばを聞いて悟る人のことです。本当に実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結びます。」

種まきの譬え
 間違ったイメージ→人を裁く基準
  ・1/4は道端→すぐに悪い者が種を奪い去る
  ・1/4は石地→喜んで受け入れるが困難や迫害でつまずく
  ・1/4はイバラ→世の思い煩い、富の誘惑のため実を結ばない
  ・1/4は良い土地→み言葉を聞いて悟る

 農夫は開拓した土地に何度も種を蒔く。
  →圧倒的に多くの種は、良い地に落ちる。
  →地は自ずから実を結ぶ30倍、60倍、100倍
 農夫は何度も土地を耕し、土地を開拓していく

ホセア書 10章12節
 「あなたがたは正義の種を蒔き、誠実の実を刈り入れ、耕地を開拓せよ。今が主を求める時だ。ついに主は来て、正義の雨をあなたがたの上に降らせる。」

詩篇 65篇9~11節 
 「あなたは地を訪れ水を注ぎこれを大いに豊かにされます。神の川は水で満ちています。あなたはこうして地を整え人々の穀物を備えてくださいます。地のあぜ溝を水で満たしその畝をならし夕立で地を柔らかにしその生長を祝福されます。あなたはその年に御恵みの冠をかぶらせます。あなたの通られた跡には油が滴っています。」

ガラテヤ5:22〜23
しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。=キリストの人格

実は、他の人の食物、命となる。
他の人に植えられ、その人の上にキリストの人格が結実する。

ヨハネの福音書第15章
“わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫です。
わたしの枝で実を結ばないものはすべて、父がそれを取り除き、実を結ぶものはすべて、もっと多く実を結ぶように、刈り込みをなさいます。
あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、すでにきよいのです。
わたしにとどまりなさい。わたしもあなたがたの中にとどまります。

関連記事